スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
category
スポンサー広告

震災

早いもので、もう1年

まだ1年

少しだけ、当時の事を振り返ろうと思います

以下の内容は震災のものなので

ストレスを感じる方、思い出したくない方etcは

読まない方が良いかもしれません
地震当時、私は実家の自分の部屋に居ました

大きな揺れ、しかし

「大きいな~、しかも長いし」

「でも、大丈夫だろう」

と、避難さえしませんでした。

そこから更に本震と呼べるような揺れに拡大

これはヤバイ…

でも、自力で移動出来る震度ではありません

立って歩けないのですから


正直、この時が一番死ぬかと思いました

動けない、でも、家は潰れるかも知れない

完全に命は運任せ状態でしたね

揺れが若干収まり、外に出ると(と言っても、震度4,5くらいでゆれ続けている)

家が横に波打ってました

ゼリーを皿にあけて、下の皿を揺らした時のような状態が家に起こっていました

そこから30分は外に居ました、ずっと震度3~5くらいで揺れています

私の体感なので、実際の記録とは異なるかもしれませんが、30分以上揺れていたのは確かです



此処から、一般人は

何も出来ません

医療、自衛隊、警察、救急、消防、などの仕事に就いていた方は、その限りではありませんが…

基本的に、「待つ」事しか出来る事がありませんでした

電気復旧を待つ

水道復旧を待つ

支援を待つ

何も出来る事がありません

この時が一番自分の無力を感じましたね




勿論、見える範囲で人助けはしましたし

私の場合は、毎日毎日水を集めに行動していました

水洗トイレには風呂の水を

問題は飲用水です

水道は止まっています、店の飲食物は地震直後に売り切れです

あとは、湧き水と井戸水で飲用水の確保しかありません

幸い、地区のとある方の井戸を解放しているということで何とかなりましたが

この井戸が無かったら「終わっていた」と思います

給水車の所にも行きましたが

数時間並んで、せいぜい2~4㍑しか貰えない、すぐに無くなって給水車は走っていく

全然足りません



生きる事が、こんなに難しいのかと思いました



もっともっと書きたいこと、伝えたいことはありますが、これくらいで止めておきたいと思います

何が言いたいのか解らない駄文になりましたが

この記事を読んだ方が何か一つでも学び取ってもらえれば幸いです




支援が届くまで生きる術を準備してください

私の家は、昔から防災リュックを人数分用意していました

後付の情報で、震災の次の日には支援物資が送られた、と聞きました

でも、実際被災地に届き、流通するには時間が掛かります

私が食料品の補充が出来たのは、震災から1週間程経ってからです

1週間生きる準備をしてください。
スポンサーサイト
category
未分類

Comment

大変為になりました
1週間分は必要なんですね、あとそれを人数分

1年が経ち、思うことも多々あるとは思いますが
日常を取り戻しように突き進んでいくしかないように感じます

なんだか切ない日ですね…
  • 2012⁄03⁄11(日)
  • 19:42

>masaさん
避難所に行けば、食料はあるのでしょうけどね
津波の被災者の方達でいっぱいになっているので、物資の絶対数が足りないのです。
1週間経てば、ある程度流通が回復したので、目安ですね。

最優先は水の確保、あとはラップがあると便利です
食器にラップを被せて使えば水の使用を抑えられますし

毎日を精一杯生きていくしかないですよね
過去の物とするには、新しく強烈すぎる記憶ですが
やはり「頑張ろう日本、頑張ろうみんな」しかないです…
  • 2012⁄03⁄11(日)
  • 20:31

やはり、実際その場で遭遇すると
臨場感が違いますね、私もたぶん何も出来ないと思います

>生きる事が、こんなに難しいのかと思いました
ライフラインがいきなり遮断されるんですものね
今の生活では想像もつきませんからね

>1週間生きる準備をしてください。
肝に銘じておきます、何かしら用意をしとかなきゃいけませんね

つらい記憶だと思いますが、頑張ってください
私たちは震災を忘れないように
何か支援をしていきたいと思います

  • 2012⁄03⁄11(日)
  • 21:03

>TREKさん
ライフラインが寸断された場合の生きる手段はあったほうが良いです
その場その時になってからの買占め等は話になりません
普段から備蓄して置く事に意味があると思います。
我が家では防災リュックの中身は1年に1回入れ替えています
勿論お金が掛かりますが、支援が届くまで命を繋ぐ手段として考えれば
決して高い額ではないはずです。

本当に支援ありがとうございます
私個人の考えではありますが、募金や物資だけでなく
その人が仕事を一生懸命頑張るだけでも支援に繋がっていると思います

仕事をする→利益、給料が生まれる→税金→税金の一部は復興に使われている
と、復興には繋がっていると思いますから。
  • 2012⁄03⁄11(日)
  • 21:29

まだ学生の頃台風の影響で水道が使えなくなって
1~2週間自衛隊の方から水を頂くという生活を体験したことあるんですが、数分並んでポリタンクいっぱいに、体力あれば何度でもOKでした。
だけど、このポリタンク自体を皆買っていくので手に入れるのに時間掛かりました。

震災、災害時は思った通りにいかないんですよね。
一週間生きる準備。
具体的でわかりやすいです。



  • 2012⁄03⁄13(火)
  • 01:10

もっちぃさん、こんにちは(・∀・)

私は、小学生のときに「阪神・淡路大震災」を経験しましたが

いかんせん子供だったので危機感はほとんど持ってなかったですね・・・。

今、同じ目にあったらと思うと怖くて怖くて((((;゚Д゚)))ガクガクブルブル

準備だけは、しっかりとしてますよ~ (`・ω・´)キリッ
  • 2012⁄03⁄13(火)
  • 10:41

>たくろーさん
結局ケースバイケースなんですね
今回の震災は広域災害過ぎて、物、人、全てに於いて不足しましたし

ポリタンクの件も然り、起きてからでは遅いんですよね
日頃の準備が活きてきます。

私は実家住まいなので、なんだかんだで近所の人とやり取りしましたし
食べ物はあったので大丈夫でしたが、分け合うくらいは出来たと思います
私が東京で1人暮らししてた時の状況だと、誰も助けてくれそうにありませんし
やはり、常日頃の備えと近所付き合いは大切です。
  • 2012⁄03⁄13(火)
  • 20:31

>アマリングさん
こんにちは~

阪神・淡路大震災経験者でしたか、子供は何処も一緒ですね~
今回の震災でも、子供は「学校休みだ!」と言わんばかりに遊んでたのも見かけましたw
但し、治安が悪くなってからは外で遊ぶ子供は居なかったですね

>準備だけは、しっかりとしてますよ~ (`・ω・´)キリッ

流石です、私は「まさか防災リュックを使う日が来るとは…」と思ってました。
今思えば父が阪神・淡路大震災の時から防災リュックを準備するようになりましたし
何がどう転ぶか本当に解りませんね。
  • 2012⁄03⁄13(火)
  • 20:39

こんにちは

私の住んでいる所も 東海地震が起こるであろう震源地のそばです。
浜岡原発も30キロ圏内です。
とても人事とは思えないです…
来る来ると言われて
もお何年も経ちます…
どんな被害になるか想像もつきませんが、備えだけはしっかりしておいた方が良いですね
とても参考になりました。
  • 2012⁄03⁄14(水)
  • 16:16

>紅の猪豚さん
こんにちは~
今回の原発の件は、地震でさえ大変な被害であったのに津波が更に拍車を掛けた形ですね

東北も来る来ると言われ続けて、去年来ましたが
どうやら、来ると言われていた地震とは別物らしく、更に来るらしいです…
日本に住んでいる以上地震からは逃げられないので次善の策が必要ですよね。
いつか、その内来る日に向けて

私の体験は、避難所に行かなかった場合の体験です
避難所には早い段階で物資は届いたようですが
通常のスーパー等の流通は5日~1週間掛かり
しかも店内に入る人を少なくして、且つ飲み物は2本まで、カップラーメン2個まで
のように、購入制限がありました。
防災リュックは本当に活きます、+αで色々足しておくと良いですよ
  • 2012⁄03⁄14(水)
  • 19:59

Trackback

http://busaorange.blog136.fc2.com/tb.php/132-3862982f

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。